「Mなら、代わりはいくらでも見つかるでしょ? 
 私の代わりなんていくらでもいるんだし」

否定されたくもあり、肯定されたくもあった。

「そんなことない」

Mは否定した。
それが建前なのか本音なのか、私には判断の仕様がない。
 
 
『好き』という言葉も『会いに行くよ』という言葉も……。
信じることができれば、私は多分Mのことが好きだと認めていただろう。

でも、実際は信じられない。
言葉の裏にあるであろう本心を考えてしまう。

どんな言葉や行為で示されても、結局は既婚者なんだから。
本当に奥様以外の人を好きになることなんて、きっとありえない。
「最後に戻るところは、やっぱり」って思う。
 
 
私がMのことを「好き」って言ったら、Mは陰で嗤っているかもしれない。
都合よく寝られる女を確保できて、喜んでいるのかもしれない。
 
 
のめりこまないように、私は胸中でMを悪者にする。
だって、出逢った場所が場所だから。
 
 
信じちゃいけない。
近づいちゃいけない。
都合の良い女になんかなりたくない。
どうせ離れるなら、割り切った関係でいた方が、
どちらも傷つかずに済むはずだ。

そう頭で考えていても、心の奥では違うことを感じてる。
 
 
 
店を出るとき、手をつないだ。

Mはいつも半歩前を歩いて、立ち止まるたびに私をとなりに引き寄せる。
背の低い私が見上げているのに気づくと、
ちょっと視線を下げてこっちを見て「ん?」って訊く。
 
 
こうやって、手を触れているだけで胸がぎゅうっとなる。
 
 
 
「離れても、本当に会いに行くよ」

Mが言った。

「いいよ。お待ちしてます」

私はあくまで、冗談として言う。

「じゃあ、その時はご希望通り、手料理でもてなしてあげる。
 食べたいもの、考えておいてね」
「じゃあ、肉じゃがとか、和食フルコース」
「うわ、定番だなぁ」
 
笑った。
 
 
でも。
来ない人のことは、待たないよ。
 
 
エレベーターの中で、キスをした。

軽く唇を重ねて離し、Mは確かめるように私を見た。

そして、もう一度深いキスをした。
わずかに唇を開くと、Mの舌が入ってきた。
Mの手が頭を優しく抱く。

私はどきりとした。

ほんの少し、いつもの香水の匂いがして、
私はMにきつく抱きしめられたい衝動にかられた。
Mに抱きついて、「行きたくないよぉ」って弱音を吐きたくなった。

けれど、我慢した。
 
 
つないだ手は温かい。
私の手も、テキーラのせいでいつもより温かいはずだ。
 
 
別れる駅では、いつもと同じ、触れるだけの「ばいばい」のキス。

「次は『まったり』しようね」

Mが言った言葉の意味。
ぼんやりと考えて、私の胸はチクリとした。   

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