その人?

2004年11月10日
店を出てからも、私たちは手をつないでいた。
 
 
 
ホテルに向かう間に帰ることもできた。
けれど、やはりあたたかい手を離したくなかった。
 
 
 
部屋に入った。

お酒のせいか、不思議と鼓動は速くなっていなかったが、
私は少し緊張していた。

「ビジネスホテルをちょっと派手にした感じだね」

内装を見るふりをして立っていた。
  
Mがスーツを脱ぎ、ベッドに腰かけた。

「おいで」
 

私の手をひいた。
私はMの隣に座った。
Mの手をぎゅっと握った。
Mが私の肩を抱いた。

Mの顔がすぐ近くにあった。
私はその顔をじっと見つめた。
Mも、私をじっと見つめた。

「すい込まれそうな目、っていうやつだね」

Mが言った。
私は目を伏せようとした。

Mが私を抱き寄せた。

そして、キスをした。

一度唇をはなし、今度は、もっと深く唇をかさねた。

「くちびる、柔らかいね」
「そう?」
「うん。やわらかくて、いい匂いがする」
「香水の匂い?」
「そっか。何つけてるの?」
「ブルガリの、オムニア……」

私の言葉は途中で消えた。
Mの唇が私の口をふさいだ。
そのまま、ベッドに倒れた。

「俺も同じだよ。ブルガリの香水」
「そうなの?」
「そう。プールオムっていう香水」
「あ、知ってる……」

私の言葉は、また途中で消えた。
Mの唇が、首を吸った。
Mは、私のジャケットを脱がせ、肩や胸元に丁寧にキスをした。
息づかいが荒くなっていた。
Mはゆっくりと私の服を脱がせ、そのたびに丁寧に愛撫した。

唇が胸の上を這ったとき、私は小さく声をあげた。

「どうしたの?」

少し意地悪く言って、Mはまた胸を吸った。

お腹にも、足にも、背中にも、
Mは私のあらゆる部分にキスをした。

そして、下腹部に手をのばした。

私は少し抵抗した。

「大丈夫」

Mは私の額に優しくキスをしながら言った。
 
Mが、私の膝を開いた。 
指が動いた。
Mは指を私の中に入れ、激しく動かした。

私は声をあげた。
 
 
私たちはゆっくりと時間をかけて互いを愛撫しあった。
 
けれど、Mが私の中に入ってくることはなかった。

私が拒否したからだ。

Mはそれを聞き入れてくれた。
 
  
 
愛撫に疲れると、私たちは抱き合って横になった。
  
「yucoは綺麗な身体してるね」

Mは私の身体のラインに沿って指を這わせながら言った。
肩、脇腹、腰……
そして、骨盤のあたりの少し骨ばった部分を軽く撫でた。

私がMの首に腕を回すと、Mも私の腰を抱いて引き寄せた。
Mの身体はあたたかかった。

「あったかい……」
「yucoも、あったかいよ」
「うん……」

私は目を閉じた。
素肌を通して、Mのぬくもりが伝わってくる。

けれど、これはただ感じるだけのぬくもり。
寂しさの氷をとかしてくれるあたたかさじゃない。
皮膚を通して感じて、皮膚の上で止まっているぬくもり。

優しい言葉をかけあえるのも、
愛する人に囁く場合とは言葉の重さが全く違うから。

だから、本当の意味で癒しあえる相手ではない。

それは互いによくわかっている。
 
 
そのまま朝は迎えず、私たちはタクシーで帰路についた。

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